この数年、韓国に行きたいなあ、いつ行こうかなあ……と考え続けていたら、思いがけず実現しました。 書店として毎年参加しているK-BOOKフェアで、昨年はBOOK MEETS NEXTキャンペーン(出版文化産業振興財団)の一環として参加書店の「飾り付けコンクール」があり、SNSに投稿したヒマールのK-BOOKフェア・コーナーの写真が優秀賞に選ばれて、「韓国の本を巡る旅」にご招待いただいたのです。
3月1日からのソウル2泊3日「韓国の本を巡る旅」ツアー。 ソウルの書店と図書館巡りを、CUON(クオン:韓国の翻訳本を中心とする東京の出版社)の金承福(キム・スンボク)社長がコーディネート、案内そして通訳までしてくださるという、とても贅沢な内容です。 ツアー参加者は、ヒマールと同じく優秀賞に選ばれた岩手県の東山堂さん、そして全国各地で開催されたBOOK MEETS NEXTのスタンプラリーに参加・応募して当選された方々、総勢9名。
まずは、江南(カンナム)にある「チェ・イナ本屋」へ。 長く広告代理店で活躍され、韓国では誰もが知る名コピーをいくつも書かれたチェ・イナさんが共同代表のおひとり。大通りに面した落ち着いた雰囲気の建物4階にある空間は、高い天井の上のほうまで壁全体が書棚になっていて可動式のはしごがかけられ、ロフト部分にはカフェスペースがあってコーヒーの香りが漂い、スタイリッシュだけれど居心地のよい温かみも感じられます。その奥にある小部屋で、チェ・イナさん自ら資料を用意して1時間ほどお話をしてくださいました。 なぜ江南のこの場所で本屋を始めたのか、なぜ「書店」ではなく「本屋」なのか、店で毎日のように開催しているさまざまなプログラムのこと、チェ・イナ本屋が大切に考えていること、本屋をやりながら自分に問い続けてきたことなどについて。 「思考」を重要とされていることに強く共感し、足を運んでもらうための空間づくりやイベント企画の具体例には刺激を受けました。洗練された店やオフィスが多い大人の街である江南で、クリエイターをはじめとする「働く人」を主なターゲットとされているチェ・イナ本屋とヒマールとでは環境も客層も異なるので、そのまま真似をしてもうまくはいかないだろうけど、自分の店に合わせてアレンジして試してみたいアイデアが、お話を伺いながらいくつも浮かんできました。
チェ・イナ本屋では金社長に本選びを手伝っていただいて、ペク・スリンさんの日本でまだ翻訳されていない作品を一冊購入しました。 棚に並ぶ韓国の本は、ハングルの文字がグラフィカルなこともありますがどれも素敵なデザインで、凝った装丁のものが多いように感じました。 金社長に尋ねてみると、手に取ってもらえるように、持っていたくなるように、装丁に凝る傾向が年々強くなっているとのこと。そのぶん値段は上がっている、とのことでした。
次に向かったのは、巨大ショッピングモールの中にある「ピョルマダン図書館」。 2フロア分を吹き抜けにした空間には天井から自然光が差し込み、巨大な書架がそびえ、人々がエスカレーターで行き交っています。韓国ドラマのロケなどにもよく使われているようで見覚えのある風景でした。 図書館と言ってもここで本を借りることはできません(もちろん買うこともできません)。ショッピングモールのテナントが並ぶ通路から無料で自由に出入りできて、好きなだけ蔵書を読むことはできます。が、訪れた日、休日(三・一独立運動記念日:1919年、日本の植民地支配下で民族独立運動が起きた日を記念している)だったこともあり歩き回るのがたいへんなほどの混雑ぶりだったにも関わらず、本を手にしている人の姿はあまり見ませんでした。ほとんどは写真を撮るなど観光で訪れている人たち(自分もそのひとりだったわけですが……)。平日は違うのかもしれませんが、少なくとも訪れた日はとても本を読む気にはなれない場所で、ここは図書館ではなく観光スポットだな、と感じました。 出入り口の隅で床に座り込んだ子どもが3人ほど、傍らに本を積み上げて読書に没頭していました。買い物中の大人を待っているのかなと想像しながら、人混みにうんざりした気持ちがちょっとだけ救われました。
最後の訪問先「本屋オヌル」へ向かうバスの中で金社長が「よかったら、本屋オヌルへ行った後、ハン・ガンさんとお話できます。参加したい方は?」と何気ない感じでおっしゃいました。……え、ハン・ガンさんって……あのハン・ガンさん!? そんな、まさか……!? 贅沢なツアーだと思っていたけれど、さらにこんなサプライズまで用意されているなんて! にわかに緊張してきました。
「本屋オヌル」は景福宮の西側、伝統的な韓屋(ハノク)も多く残る西村(ソチョン)の小さな通りにある小さなお店です。西村は、こぢんまりとしたカフェや雑貨屋など個人店が多いエリアのようでした。 本屋オヌルに入るとすぐアップライトピアノにぶつかります。10坪ほどのこの空間で音楽ライブをやったり、日本で翻訳出版もされている著名作家のブックトークなどもよく開かれているそうです。また、店の奥には公衆電話のボックスがあって(文字通りボックスごと!)、そこで写真を撮る人が多いのだとか。訪れた日には実際に電話をかけている人もいました。 店に並べる本はオーナーと店長、週末だけ働いている店員のそれぞれが選んでいるそうで、佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』やカナダの作家の本など韓国語に翻訳された海外文学の本も目につきました。棚には手書きのコメントが貼られていて、コメントが手書きされた紙に包まれた「買ってみるまでわからない本」のコーナーもあります。店のオリジナルデザインで作られたポストカードやマスキングテープ、トートバッグなども売られていて、店の感じとしては、チェ・イナ本屋よりもヒマールに近いように思いました。
本屋オヌルでは、この後にお会いするハン・ガンさんの最新作(日本でもまもなく3月29日に斎藤真理子さん訳で白水社より出版される『別れを告げない』)が平積みされていました。どちらにしようかちょっと考えて、ヒマールでよくお客さんに紹介している『少年が来る』と、オリジナルグッズをいろいろ購入しました。
カフェでハン・ガンさんの隣りに座って甘いバニラ・ラテを飲みながらお話できたひとときは、わたしにとって夢のような時間で、もう今夜日本へ帰ることになってもいい(初日なのに!)とさえ思えた、旅のクライマックスでした(どんなお話をしたかは書きませんので、よかったらヒマールまで話を聞きにいらしてくださいね。遠方からもぜひ)。 金社長が通訳してくださったおかげでお話できたわけですが、金社長と東山堂さんが席を立たれてハン・ガンさんとふたりきりになった時間があり、話そうとすればするほど頭が真っ白になって韓国語はもちろん英単語さえなかなか出てこないわたしの言葉を、ハン・ガンさんはおだやかな笑顔でじっとこちらの目を見ながら待ってくださり、なんてやさしい人なんだろうと感激するのと同時に、こんなわたしにつきあっていただいていることが申し訳なくなりました。次は(次があるならば!)ちゃんとお話できるように、韓国語学習を頑張ろうと決意した次第です。
「韓国の本を巡る旅」を経験して、韓国も日本も、本と本屋が置かれている状況はとてもよく似ていると感じました。現地のガイドさんが「地下鉄でもみんなスマホを見ています。本を開いている人がいたら、わー、偉いねえ、と感心してしまうくらいめずらしいです」と話されていましたが、日本もまったく同じですよね。そんな状況の中で、本屋がそれぞれに悩み、創意工夫と試行錯誤で本屋を続けていく道を模索しているのも同じだと思います。 わたしは今回の旅で、試してみたいアイデアや今後の展開のヒントを得ることができたので、こんなふうに韓国と日本の本屋が交流する機会が(すでに交流されている本屋同士もあるかと思いますが)もっと頻繁にあったらいいんじゃないかと思いました。 このような貴重な機会をいただいて、BOOK MEETS NEXTキャンペーン事務局とK-BOOKフェア関係者の方々、とりわけCUONの金社長にとても感謝しています。
奇しくもこのタイミングで「経産省が街の書店振興のプロジェクトチームを設置」のニュースが伝わり、SNS上でもさまざまな意見が出ています。 わたしは、各書店の努力ではどうにもできないこと(例えば、薄利多売時代の流通システムがいまだに主流のままであることとか)もあるので、業界全体、自治体、国、そういった大きな単位でしかできないことをやってもらえるのであれば、ぜひお願いしたいと思います。くれぐれも、本屋(出版社も)が本にかけるべきエネルギーを削がれることになったり、本のインテリア化が進むことになったり、権力者のオトモダチ企業を潤すことが目的になったりすることだけはないように、注視して声をあげていきたいです。